大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所社支部 昭和50年(ワ)2号 判決

原告

株式会社久保鉄工所

右代表者

久保武

右訴訟代理人

藤本文夫

被告

豊田機械工業株式会社

右代表者

豊田好俊

右訴訟代理人

島津和博

外二名

主文

被告は原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和四九年五月一日から同年八月末日までは年一割八分二厘五毛の割合による、同年九月一日から支払ずみまでは年六分の割合による金員を支払え。原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の一項は原告において金一〇万円の担保をたてるときは仮に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和四九年五月一日から支払ずみまで年一割八分二厘五毛の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その原因として、

一、原告会社は工作機械を使用する研削加工を営業目的とするものであり、被告会社は各種工作機械の小売等を業とするものである。

二、原告会社は、昭和四九年一月一六日、被告会社より左記物件を買受けた。

(一)  目的物(以下本件物件という)

昭和精機工業株式会社製、ラチエツトハンドル先端並びに熔接部研削専用機。

(二)  代金 九四〇万円

(三)  物件引渡(検収)期日および場所

昭和四九年四月末日、原告会社本店所在工場

(四)  代金支払期

昭和四九年四月末日 三〇〇万円

検収時 六四〇万円

三、原告会社は昭和四九年四月末日に金三〇〇万円を被告会社に対し支払つた。

四、その後物件引渡期日は遵守せられず、再度にわたつて延期されて、これを昭和四九年八月末日とすることが約定され、その間被告会社は昭和四九年五月一日以降引渡日まですでに支払済みの右三〇〇万円に対し日歩五銭(年利一割八分二厘五毛)の割合による損害賠償金を支払うことならびに右期日までに本件物件を引渡さない場合は、引渡期日経過により本売買契約は原告会社の催告を要することなく、当然に解除されるものとすることが約された。

五、しかるに被告会社は右期日までに履行をなさなかつたので本件契約は同日解除されたのであるが、かりに右の解除が認められないとしても、原告会社は昭和四九年一〇月末日までに引渡を完了するように昭和四九年一〇月二一日付内容証明郵便により催告のうえ、同年一一月一八日、内容証明郵便により本件契約解除の意思表示をなし、右郵便は同月二〇日被告会社に到達した。

六、よつて原告会社は被告会社に対しすでに支払ずみの三〇〇万円およびこれに対する昭和四九年五月一日以降同年八月末日まで年一割二厘五毛の割合による約定損害金と同年九月一日から完済に至るまで右同割合による遅延損害金の支払を求め本訴に及んだ、と述べた。〈以下略〉

理由

〈証拠〉によると、被告会社の営業担当社員である訴外船曳はかねて原告会社代表者久保武から本件物件買入れの希望を聞いていたが、本件物件はいわゆる専用機であるため、その製造を引受けてくれる製造業者をさがしていたところ、昭和四八年秋ごろ、訴外昭和精機工業(以下訴外昭工という)をさがし当て、同年末に訴外昭工の代表者大谷某を原告会社に連れて行つて久保に引き合わせ、その後訴外昭工と原告会社との間で本件物件の技術的な協議を遂げ、昭和四九年一月一六日ごろ、久保、船曳、大谷同席のうえ、訴外昭工は本件物件を製造して同年四月末日限り原告会社に引渡すこと、原告会社はその代金として同年四月末日を支払期日とする額面三〇〇万円の約束手形を即日振出し、残額六四〇万円については同年一〇月末までに支払期日の到来する約束手形を検収時に振出して支払の手段とする旨の取り決め(以下本件取り決めという)がなされ、原告会社は即日右三〇〇万円の約束手形を振出して被告会社の船曳に交付し、同人はこれを訴外昭工に交付したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで本件取り決めについて、原告会社はそれは被告会社と原告会社との間の売買契約であると主張するのに対し、被告会社は訴外昭工と原告会社との間の売買契約であつて、被告会社は仲立をしたにすぎないと主張するので按じるに、仲立人は他人のために商品又は有価商券の供給もしくは譲渡その他取引の目的物に関する契約の媒介を引受けるものであるが、ここに媒介というのは当事者を引き合わせて契約の締結をもたらせることであつて、もとより仲立人自ら当該契約の当事者となるものではない。ところが目的とする契約が保険、物品運送、船舶賃貸借等に関する場合とは異なり、商品の売買契約の媒介或は本件の如く商品の製造業者を商品供給者とする売買、請負その他の契約の媒介について、そこに締結された契約の当事者を確定することは必ずしも容易ではなく、被告代理人が本件において想定しているように、解釈の標準たるべきいわゆる当該事情を当の契約自体の文言ならびにそれに関連するものとして意思表示の外部に存する徴表に求めるときは、殊にその困難を嘆ぜざるを得ないことになろう。しかしこの法律関係に仲立人が介在するか否かが明確になれば、この一事によつて事は極めて明白になることが多い。おもうに、仲立人は、合意或は取引慣習において異なるものが存しない限り、自己の行為によつて当事者間に法律上有効な契約が締結された時に報酬請求権を取得するのであつて、ただ結約書の交付を要する場合には、結約書の作成交付を実質的に確保せしめたるため、その交付のための法定の手続を了することが当該報酬請求権行使の要件となるに止まる。そして仲立人は自己の依頼者とその相手方との間に立つてこの双方当事者のため公平に配慮すべき義務を負担し、双方当事者との間に法律関係を有するに至るが故に、法令に異なる定めがなければ、仲立人は原則として自己の依頼者とその相手方の両者に対して報酬請求権を取得するに至るとともに、その報酬の額は双方当事者との各約定によるの他は査定、慣習等を考慮して決せられるべきものとなる。そして右の当事者間に成立した契約は取消し得るものであつてはならず、条件付きである場合にはその条件が成就した時に報酬請求権も又発生すること言うまでもないが、この契約が爾後なんらかの事由のため履行せられなかつたとしても、仲立人はもはやこの債務不履行について責に任ずべき筋合のものではなく、その報酬請求権にも何の消長もきたさない。これは仲立行為が契約の締結によつて実体的に終了するがためであり、爾後の契約の履行はもつぱらその契約当事者の責任に属するものであつて仲立人には無関係の事象たるものである。仲立人があたかも通訳にたとえられるのもこのために他ならない。それゆえ本件につき被告会社が仲立人として介在したかどうかを確定するために検討せられるべき点の第一は、本件によつて被告会社ならびに当事者双方の間に如何なる報酬請求権が想定されているかということであり、その第二は、契約の締結によつて被告会社は一切の関与を免れたものとして振舞うことを許されたかどうかということである。そこでさらに順次検討を加える。先ず、前掲各証拠によると、本件取り決めの際本件物件の価額について、原告会社はこれら九四〇万円と考えていたが、被告会社は右九四〇万円中実際には九〇〇万円をもつて右の価額となし、四〇万円は自己のマージンだと考えていたが、これを原告会社には告知しなかつたこと、原被告会社および訴外昭工の三者間に被告会社の報酬の額についての約定が存せず、原告会社は被告会社に報酬を支払うべきものとは考えておらず、被告会社は後で訴外昭工のみに対し報酬を請求するつもりであつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。そうすると、本件においては、報酬を請求する相手方、報酬を請求する時期、その額の決め方のいずれをとつても、前示した仲立料の性質に適合するものは存しないことになる。次に、〈証拠〉によると、原告会社に対する本件物件の納入は本件取り決めどおりには履行せられず、順延されたが、その間被告会社は原告会社と訴外昭工の間にあつて再三納入時期の折衝を行い、昭和四九年七月一四日ごろには、右の期限を同年八月三一日まで延期するとともに、延期中の同年五月一日以降同年八月三一日まで原告会社がすでに支払済の三〇〇万円(前記三〇〇万円の約束手形をその支払期日たる同年四月末日に支払つたもの)に対する日歩五銭の割合による金員を被告会社が原告会社に支払うこと、および仮に訴外昭工において右八月三一日限り納入できないときは「契約は無効とし、前受金三〇〇万円は即刻現金をもつて被告会社が原告会社に返済する」旨約したこと、被告会社がこれを約するについて訴外昭工の依頼がなされたものではないことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。右事実のうち、被告会社が三〇〇万円を支払うとの約定の性質については後述のとおり若干の問題が存するが、これをいずれに解するにしても、本件においては、原被告会社ともに本件取り決めの成立によつて被告会社が原告会社と訴外昭工との関係から完全に離脱したものと考えていなかつたことは明らかであつて、これが前示した仲立行為の性質に適合しないことは言うまでもない。結局本件取り決めの際被告会社が仲立人として行為したものとは解し得られない。そして前認定の各事実ならびに〈証拠〉において売買契約に適合する書式の見積書および註文請書が被告会社によつて作成されていることを総合すると、本件取り決めは被告会社を売主、原告会社を買主、訴外昭工をいわゆるサプライヤーたる製造業者とする売買契約であると解すべきものである。もつとも、前認定にかかる、訴外昭工において昭和四九年八月三一日限り本件物件を納入できないときは、被告会社は原告会社に三〇〇万円を即時返済する旨の約定の性質には若干の問題があり、被告会社の右の給付が第三者たる訴外昭工の給付がなされなかつた場合に関する被告会社の担保目的をもつてなす補充的な代償給付として約されたものであるときには、これは原被告会社間の関係を売買契約だとした右の認定と矛盾すると言わざるを得ない。しかし乍ら、前認定にかかる右約定がなされた経緯に徴すると、右約定の趣旨は原告会社に対する被告会社の代償給付の約束と言うよりは、本来的給付たる本件物件自体の期限内給付を確約するにあり、付随的に、この期限内給付がなされなかつたときの原被告会社間の法律関係の即時清算をうたつたものと解するのが合理的である。

而して、請求原因一項の事実は当事者間に争いがなく、同三項、四項の事実が存したことはすでに認定したとおりである。但し、原告が請求原因四項で主張する約定損害金はその終期が昭和四九年八月三一日であつたものと解すべく、それ以後の分についての約定損害金の取り決めがなされた事実はこれを認むべき証拠がない。被告会社が三〇〇万円を即時返還する旨の前認定の特約は原被告会社間の売買契約が原告会社の催告を要せず当然に解除される旨の原告主張の特約を包含するものと解すべきことはすでに認定したとおりである。又右の約定損害金の取り決めおよび特約が被告会社の営業担当社員の船曳によつてなされたことは前掲各証拠によつて明らかであるが、そのいずれも、なお、同人の営業担当社員としての行為に通常随伴する業務行為の範囲内に止まるものと解せられるから、被告会社はその結果につき責任を負うものである。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は被告に対し三〇〇万円およびこれに対する昭和四九年五月一日から同年八月末日までは日歩五銭(年一割八分二厘五毛)の割合による、同年九月一日から支払ずみまでは商事法定利率たる年六分の割合による損害金の支払を求める限度においてこれを正当として認容し、その余の部分を失当として棄却すべく、民訴法八九条、一九六条一項に則り、主文のとおり判決する。 (橋本喜一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例